概要
A2B®は、アナログ・デバイセズが開発したオーディオ用のバス技術です。帯域幅の広い双方向のデジタル・データ伝送を実現できることから、車載分野などを中心として広く使われてきました。そして、更なる機能強化が図られた結果、A2Bはより有用な技術へと進化しました。300mまでのバス長、最大50Wの電力伝送に対応できるようになったのです。その結果、A2Bは、オーディオ・データの伝送/配信を必要とするより多くのアプリケーションで活用できるようになりました。高度に統合されたA2B対応のトランシーバーを配備することで、先進的なスマート・ビル、ホール、スマート・ホーム、会議システムなどを実現できるようになったのです。本稿では、この新たなA2B技術を採用することで解決できる課題について説明します。例えば、新たなA2Bバスを活用することにより、ハードウェア/ソフトウェアに関連する労力をごくわずかに抑えつつ、配線アーキテクチャを簡素化することが可能になります。また、本稿では、新たなA2Bを活用すべきアプリケーションの例も紹介します。
はじめに
A2Bは、広帯域幅/双方向デジタル・オーディオ・バス技術です。これを採用すれば、2線式のUTP(Unshielded Twisted Pair)ケーブルを1本使用するだけで、I2S/TDM(Time DivisionMultiplexing)/PDM(Pulse Density Modulation)のデータとI2C/SPI(Serial Peripheral Interface)の制御情報を、クロック/電力と共に伝送できます。伝送可能な距離は、ノード間で最長30m、バスの全長は300mまでです。A2Bバスの有用性は、車載アプリケーションやユニファイド・コミュニケーションのアプリケーションで十分に実証されています。ただ、更なる開発が絶え間なく行われた結果、A2Bは商業用途や産業用途でも広く使用できる技術に進化しました。
新たなA2Bが秘める可能性
商業ビルやオフィス・ビル、公共施設などでは、構内放送(PA:Public Address)システムを常に使用できる状態に維持しなければなりません。PAシステムは、マイク、アンプ、スピーカなどで構成される電子システムです。その主要な機能は、人や楽器といった音源からの音を増幅して配信することです。PAシステムは、旧来の警報装置を置き換えるものだと考えることができます。緊急事態が発生した際には、音声をベースとする明確な指示が必要です。それにより、従来のサイレンを使用する場合と比べて、警報を耳にした人が適切に反応できる可能性が高まります。そのようにして認知力を向上させれば、大惨事を回避できるようになるはずです。
先進的なPAシステムには、音楽の配信、音声による警告、放送、インターコム(インターフォン)などの機能も盛り込まれることになるでしょう。ただ、その場合、システムの複雑さが増すことになります。しかし、PAシステムに放送の機能を追加するニーズは実際に高まっています。それに応じてシステムが進化するにつれ、その設計も複雑になりました。A2Bは、そうした需要に対応しつつ、設計を簡素化することを可能にする技術です。
多数のノードに対してサービスを提供する場合、物理層で用いる技術としてはイーサネットが選択肢になり得ます。ただ、その場合、各ノードにはコストのかかるマイクロコントローラを実装しなければなりません。この方法は、単純なオーディオ機器や制御機器では広く採用されています。イーサネットの他に100Vのラインも使われていますが、ケーブルによって電力を伝送できることにはメリットがあります。しかし、この手法では、オーディオ・データは一方向にしか伝送できません。データ通信も追加できませんし、非常にかさばるトランスを使用する必要があります。
A2Bを適用すべきなのは、まさに上記のような場面です。A2Bを採用すれば、様々なローカル・デバイスをデイジーチェーン状の配線で接続することが可能になります。つまり、スピーカ、マイク、インターコム・ステーション、制御パネル、センサーなどを含むシステムをシンプルに構成できるということです。
A2Bは使いやすく実装が容易な技術なので、理想的なソリューションになります。A2Bに対応するトランシーバーを機器に接続すれば、64の双方向オーディオ・チャンネル(32チャンネルのダウンストリームと32チャンネルのアップストリーム)を使用できます。それらのチャンネルは、エンドポイントに配置されたペリフェラル・デバイスに対するI2C/SPI/GPIOベースの通信と組み合わせることが可能です。その際、タイムスロットが複雑なスタックを開発したり、使用したりする必要はありません。
A2Bの詳細
A2Bは、高速、双方向、時間同期型のバス技術です。I2S/TDMのデータを、I2C/SPI/GPIOのデータと共に、50Mbpsという高いデータ・レートで伝送することができます。しかも、任意の2つのノードの間でレイテンシを50マイクロ秒に抑えられます。
A2Bでは、UTPケーブルを使った1つのバスで最大17のノード(メイン・ノードを含む)をデイジーチェーン接続することができます。最長300mのバスを使用可能であり、各ノード間の距離は最長30mです。データ・レート(サンプリング周波数)が48kHzで分解能が16ビットと設定されていた場合、各ノードは他のすべてのノードに対して32のオーディオ・チャンネルに対応するデータを送信できることになります。データのサイズは、様々なニーズに応じて設定することが可能です。また、データ・レートは1.5kHzから192kHzの間で設定できます。データ幅とデータ・レートが低いほど、使用できるチャンネルの数が多くなります。
A2Bを採用すると、もう1つのメリットが得られます。それは、バス・パワー(バスによる給電)を利用できるというものです。A2Bのバス全体で50Wの電力に対応できます。つまり、ローカルの電源を追加で用意することなく、バスを介して各ノードにリモートで電力を供給することが可能です。例えば、出力が中程度のスピーカ(ノード)に対し、A2Bバスを介して給電するといったことが行えます。但し、より多くの電力が必要な場合には外部電源が必要になります。
A2Bを活用したPAシステム
ここで図1をご覧ください。この図から、A2Bバスの柔軟性の高さが見てとれるでしょう。この柔軟性により、システムの設計と構成が容易になります。A2Bに対応するトランシーバーは、多くのブロックとインターフェースを内蔵しています。そのため、マイクロコントローラを個別に用意することなく、必要な機能を実現できるケースが多いはずです。
図1. A2Bをベースとするネットワークの例。様々なブロックを接続することができます。
図1において、最もシンプルなノードはマイクロフォンのアレイです。ご覧のように、そのノードでは、A2B対応のトランシーバーとして「AD2437」を採用しています。この構成により、PDMを利用するマイクを4つまで接続することができます。このようなマイクロフォン・アレイを使用すれば、ノイズ源を特定してノイズ・キャンセルの処理を実行したり、音声が到来する方向を見いだしたりすることが可能になります。例えば、近くでバックグラウンド・ノイズが発生している場合でも、本来の対象であるオーディオ・ソースを抽出するといったことが行えます。バスのレイテンシは非常に小さいので、このアレイは必ずしも1つのノード上に存在していなければならないわけではありません。例えば、室内の様々な場所にある異なるノードにマイクを分散させても構いません。また、このノードは消費電力が非常に少ないので、必要な電力はバスから供給できます。つまり、電源を個別に用意する必要もありません。そのため、このソリューションのサイズは非常に小さく抑えられ、設置が容易になります。アナログ・デバイセズの開発事例を紹介すると、ワイヤ・コネクタとバス・パワーの回路を含めて、このノードを35mm×19mmのサイズで構築したことがあります。
もちろん、より複雑なノードを構成することも可能です。例えば、AD2437には、I2Sの出力を介してD級アンプやパワー・アンプを接続することができます。また、オーディオ・コーデックを接続することも可能です。本稿で想定しているシステムでは、オーディオ機能はいかなる時にも中断されてはなりません。この課題を解決するためには、I2Cのインターフェースを使用してパワー・アンプやコーデックを並列に使用するとよいでしょう。このような構成により、バス・パワーで駆動するシンプルなインターコム端末を構築することができます。AD2437はGPIOも搭載しており、その一部はPWM(Pulse Width Modulation)出力に対応しています。このPWM出力を、ホストとやり取りするためのキーポート入力として使用することもできます。その場合、ホストはキーが押されたら割り込みを受け取り、通信を確立します。PWM出力は、通信がアクティブな状態にあるかどうかの表示、接続の状態を示すLEDの駆動、それ以外の必要なすべての表示に使用できます。このシンプルながらも効果的な機能を利用するために、マイクロコントローラを用意する必要はありません。そのため、システム全体のソフトウェア開発の負担が軽減されます。
GUI(Graphical User Interface)などを備えるより複雑なインターコム端末では、マイクロコントローラを使用してSPI経由でデータを取得することができます。なお、SPIバスの最高データ・レートは10Mbpsです。
建物の天井などに設置されるスピーカとしては、より出力電力が大きい単純なものが使用されることがあるでしょう(図2)。そのようなスピーカだけを備えるノードの場合、外部電源を追加するだけで済みます。バスへの電力はホスト・ノードに挿入する必要はありません。中間ノード内のどこかに挿入するということで構いません。そのため、ケーブル内の電流ストレスを軽減できます。
図2. PAシステムの構成例
A2Bを適用すべきアプリケーション
従来の技術が使用されてきたアプリケーションについては、機能が豊富なA2Bを採用することで差別化を図れるようになります。例えば、通信機能とマルチチャンネルのオーディオ配信を必要とするアプリケーションなどが考えられます。
ここで、イーサネットを利用してナース・コール/通知システムを構築するケースについて考えてみましょう。そのシステムの特徴は複雑さが軽減されている点にあり、イーサネットを介して接続されたルーム・コントローラが用意されるでしょう。ただ、各患者に対応する端末への接続にはA2Bを使用できます。この構成では、1本のUTPケーブルを使うことで、必要なオーディオ・データ、制御などに用いるデータ、電力を病室内の最大16床のベッドに配信することができます。各端末は、小さなマイクロコントローラを使って容易に実装することが可能です。それにより、各患者に対してオーディオ・チャンネルの豊富な選択肢を提供できるようになります。また、ディスプレイには、チャンネルの選択状況、時刻、アラートが発生したときの状態などを表示できます。アラート・ボタンをGPIOの1つに直接接続すれば、ルーム・コントローラに対する割り込みをトリガすることが可能になります。加えて、患者の動きが制限されている場合でも、選択した端末からマイクの信号をルーム・コントローラに即座に伝送することができます。更に、何らかの専門用語を変換してアラームをトリガするといったことも行えます。
上述したような環境に配備される設備は非常に変化しやすいものになる可能性があります。そのため、セットアップを簡単に変更できるシステムを実現しなければなりません。ネットワークに対する端末の追加/削除は、ホストで提供されるプラグ&プレイ用のスタックを使って処理されます。端末が削除された場合には、小さなアダプタによって欠落したノードをブリッジすることでデイジーチェーンの構成を維持できます。通信が中断した場合には、診断機能によって障害の情報をレポートするようにします。
カウンターで使用されるタイプのインターコム・システムも、A2Bバスを適用すべきアプリケーションの例です(図3)。その場合、A2Bの非常に小さいレイテンシと完全同期動作が役に立ちます。複数のマイクを様々な位置に配置してビームフォーミングを利用すれば、カウンターの前で話す人のチャンネルを明確に分離することができます。また、隣の人からのバックグラウンド・ノイズはすべて抑圧されます。ガラス製の防音壁が存在していても、非常に明瞭に会話を成立させられるということです。このようなソリューションは、カウンター・デスク、病院の隔離エリア、クリーン・ルームなどで役に立つでしょう。
図3. カウンターで使用されるインターコム・システム
刑務所で使われるインターコム・システムでも、A2Bを活用できます。その場合、すべてのマイクからのデータをホスト・システムに伝送できるようになります。また、ラジオ・チャンネルのように、各監房に向けて多くのオーディオ・チャンネルを提供することも可能です。
ビームフォーミングを活用できる好例としては、会議システムが挙げられます。その場合、会議室には多数のマイクを配置することになります。音声を基にテキスト・データを生成するシステムでは、異なる話者の音声を明確に分離できることが理想です。A2Bを利用した場合、レイテンシを小さく抑えられます。そのため、すべてのマイク・チャンネルのデータを同時にホスト・コントローラやDSPに伝送し、様々なビーム位置を計算することが可能になります。
別の方法として、座席ごとにテーブル・マイクまたはヘッドセットを配備するというアプリケーションも考えられます。例として、それらを通訳用のシステムに接続したとしましょう。その場合、各参加者は、それぞれが使用する言語に自動的に翻訳された音声を受け取ることができます。オーディオ帯域幅を下げて使用すれば、非常に多くのチャンネルに対応することも可能です。また、すべてのマイクから取得したデータがホストに存在することになるので、簡単に優先順位をつけられます。例えば、最も大きな信号を対象とする、あるいは選択された人だけに音声を開放するといったシステム制御を実現できるということです。その場合も、卓上にローカルの電源を用意する必要はありません。すべての端末にバスを介して給電することが可能です。
ホーム・オートメーション・システムは、広く普及しつつあるアプリケーションの1つです。その種のシステムは、照明、冷暖房、シャッターなどの制御を担います。それだけでなく、システムに多くの部屋を対象とするオーディオ配信の機能を盛り込むこともできるでしょう。そうすれば、家の中のどこにいても、玄関のチャイムの音が聞こえるようになります。例えば、浴室でお気に入りの音楽を聴いているときでもチャイムの音を聞き逃さずに済むということです。なかには、マイクを使用し、音声コマンドによって家の設備を制御する機能を実現しているシステムも存在します。それと同様に、上記のオーディオ・ストリーミングの機能も役に立つものになるでしょう。無線LANを介した接続と比べると、ケーブル接続を使用するリンクでは高い信頼性が得られます。また、ワイヤレスのトラフィックの負荷が増大することもありません。
A2Bは、プロ用オーディオ・システム、ホーム・レコーディング・スタジオ、ライブ・ステージ用の設備にも最適な技術です。A2Bを採用すれば、CAT5やXLRといった既存のケーブル技術を使って簡単にオーディオ機器を接続することができます。詳細については「A2B: Beyond Automotive-Studio Headphone Mixer Demo(A2B:車載を超えて - スタジオ用ヘッドフォン・ミキサーのデモ)」というビデオをご覧ください。
A2Bのフレーム構造
A2Bでは、なぜ非常に多くのオーディオ・チャンネルを双方向で処理できるのでしょうか。ここでは、その理由を詳しく説明することにしましょう。A2Bでは、バスを介して48kHzのハートビート方式でスーパーフレームを送信します(図4)。その際、データは1024倍高速に伝送されることになります。つまり、バス上のデータ・ストリームの周波数は49.152MHzとなります。スーパーフレームは2つの部分から成ります。1つはアップストリーム、もう1つはダウンストリームです。それぞれの冒頭には同期制御フレームと同期応答フレームが配置されます。ダウンストリーム/アップストリームのスロット内には、すべてのI2S/TDMのデータ、I2Cのデータ、GPIOのデータ、割り込み情報が挿入されます。
図4. A2Bのスーパーフレーム
図5. A2Bのデータ・フロー
すべてのノードは、ホストが生成したクロックに同期しています。それにより、システムは常に同期が確立されている状態になります。同期制御フレーム内のプリアンブルによって、すべてのノードが確実に同期することが保証され、ペリフェラルにクロックが供給されます。この仕組みによって大きなメリットが得られます。それは、オーディオ・チェーンの全体が、追加のクロック、ローカル発振器、非同期サンプル・レート・コンバータを必要としないというものです。
ホスト・プロセッサが、A2Bに対応する最初のトランシーバーIC(AD2437など)に直接接続されているとします。その場合、同プロセッサは起動時にそのICをメイン・ノードとして設定します。また、同プロセッサは安定した48kHzの信号を供給します。トランシーバーICのフェーズ・ロック・ループ(PLL)はその信号に対してロックします。メイン・ノードが設定されると、サブ・ノードが1つずつ起動していきます(図5)。
開発作業を支援するツール
アナログ・デバイセズは「SigmaStudio+」という開発ツールを提供しています。このツールは、オーディオ・チャンネルとノードの設定を含むシステム全体のセットアップをサポートしています。同ツールを使用すれば、グラフィカルな操作によってプログラミング、診断、調整を実施できます。それにより、例えばオーディオ・コーデックやD級アンプなどのペリフェラル・デバイスを含むA2Bネットワーク用のGUIを構築することが可能です。また、Linux環境ではソフトウェア・スタックとプラグ&プレイ・スタックを利用できます。これらを使用すれば、システムの動作中にバスにノードを追加したり、削除したりすることが可能になります。
A2Bについては、メイン・ノード/サブ・ノードの評価用モジュールが提供されています。それらは、XLRコネクタまたはRJ45コネクタを備えています。それらを使用すれば、電力伝送の機能を評価することも可能です。
まとめ
新たなA2Bでは、ケーブル長の延長やバス・パワーの増加といった機能強化が図られました。同技術に対応するトランシーバーICを活用すれば、多様なアプリケーションを新たに開発することができます。A2Bは、シンプルなケーブル配線により、複数のオーディオ・チャンネルのデータや制御データの送受信を行いたい場合には特に有用な技術です。バス上には、単純なノードと複雑なノードが混在しているケースもあるでしょう。そのような場合でも、A2Bを採用すれば、低コストのハードウェアを実装することが可能です。正確に同期のとれたセンサー・ネットワークなど、オーディオ以外のアプリケーションにもA2Bは大幅な簡素化をもたらします。
AD2437は、A2Bに対応するトランシーバーICです。この製品の詳細についてはこちらをご覧ください。
A2Bの技術やアプリケーションについては、analog.com/jp/a2bをご覧ください。