ATEアプリケーションで使われるPhotoMOSスイッチをCMOSスイッチで置き換える

質問:

AIの分野では、HBM(High Bandwidth Memory)のような高性能のメモリに対する需要が高まっています。このことは、ATE(自動試験装置)の設計の複雑さにどのような影響を及ぼしますか?

Replacing PhotoMOS Switches in Automatic Test Equipment Applications

回答:

AIの分野において、HBMは不可欠な要素になるでしょう。効率的にデータを処理する上で、HBMの高い密度と帯域幅は極めて有用であるからです。結果として、ATEのメーカーは、HBMの高度なインターフェースのテストに対応可能なシステムを開発する必要に迫られます。これまで、メモリのウェハを対象とするプローブ・テストでは、PhotoMOS®スイッチ(PhotoMOSリレー)が広く使われてきました。本稿では、このATEアプリケーションで使われるPhotoMOSスイッチを置き換えることが可能なCMOSスイッチ「ADG1412」を紹介します。ADG1412には、ターンオン時間が短く、拡張性(テストの並列化)の面で優れているといった特徴があります。そのため、このCMOSスイッチを使用すれば、より包括的かつ迅速にメモリのテストを実施できるようになります。

はじめに

メモリについては、常に更なる性能の向上が求められます。特にAIの分野では、より性能の高いHBMに対するニーズが高まっています。その結果、メモリ製品の設計はより複雑なものになりました。そのような製品のテスト(評価、検証、検査)に欠かせないものがATEです。現在、ATEのメーカーは、より高性能のメモリに対応しなければならないというプレッシャーに直面しています。これまで、メモリのウェハを対象とするプローブ・テストではPhotoMOSスイッチが広く利用されてきました。このATEアプリケーションでは、同スイッチを介して電圧/電流の印加や測定を実施します。PhotoMOSスイッチには、容量値と抵抗値の積であるCR積(CxR)が小さいという特徴があります。CR積が小さければ、信号の歪みを抑えられます。また、スイッチのオフ・アイソレーション性能が改善されます。加えて、スイッチング速度を高められ、挿入損失を抑制できます。更に、PhotoMOSスイッチはスタンドオフ電圧が高いという長所も備えています。

しかしながら、PhotoMOSスイッチにも欠点はあります。例えば、ターンオン時間、信頼性、拡張性といった面で制約が存在します。なかでも、ターンオン時間が長いことが問題です。これについては、ATEのメーカーに対して顧客から特に大きな不満の声が寄せられています。

この課題を解消するために、アナログ・デバイセズはPhotoMOSスイッチを置き換えることが可能なCMOSスイッチを開発しました。本稿では、その例としてADG1412を取り上げます。ADG1412であれば、メモリのプローブ・テストというATEアプリケーションにも対応できます。なぜなら、ADG1412はPhotoMOSスイッチと同じく、容量値と抵抗値の積であるCR積が小さいという特徴を備えているからです。それだけでなく、ターンオン時間が短く、効率的なスイッチングを実現できることが保証されます。また、拡張性に優れていることからテストの並列性を高めることが可能です。つまり、テストのプロセスの規模を拡大しつつ高速化を図れるようにATEをセットアップできます。このようなメリットが得られることから、ADG1412はPhotoMOSスイッチに代わる強力な選択肢となります。AIを活用するアプリケーションでは、より高性能なメモリが求められています。そのテストを効率的に実施できるようにするために、ATEのメーカーは懸命に努力しています。それを支援するという意味でも、ADG1412は非常に有用な製品だと言えます。

対象となるATEアプリケーション

図1に示したのが、本稿で注目しているATEアプリケーションのセットアップです。図中のスイッチは、テストのプロセスを円滑に進める上で重要な役割を担います。具体的には、PMU(パラメトリック・メジャリング・ユニット)などの単一の測定器と複数のDUT(被測定デバイス)の接続/切断を可能にします。例えば、PMUはスイッチを介して個々のDUTに所望の電圧を印加します。それに応じて各DUTからフィードバックされる電流を、スイッチを介して取得します。このような手法を採用することにより、測定を効率的に進めることができます。特に、複数のDUTを並列または連続的にテストしなければならない場合、スイッチはテストのプロセスを効率化するための鍵になります。1つのPMUから複数のDUTに対して電圧を直接印加し、DUTからの電流を測定できることから、テストのスループットが最適化されます。また、個々のテストの間でセットアップを再構成する必要性を最小限に抑えられます。

上述したように、図1では、スイッチによってマトリックス構成を実現しています。それにより、1つのPMUを使って複数のDUTのテストを実施することが可能になります。また、複数のPMUを使用する必要性が低下するので、配線の複雑さが軽減されます。結果として、ATEアプリケーションの柔軟性と拡張性が高まります。このことは、様々なデバイスや大量のデバイスをテストする場合に非常に大きな意味を持ちます。

図1. ATEアプリケーションの構成例。PMUとDUTの間にスイッチを配置しています。
図1. ATEアプリケーションの構成例。PMUとDUTの間にスイッチを配置しています。

スイッチのアーキテクチャ

本稿では後ほど、評価用に開発したボードを使用してPhotoMOSスイッチとCMOSスイッチの性能を比較した結果を示します。その評価の内容と得られる結果について理解するためには、ベンチマークによってあらかじめPhotoMOSスイッチとCMOSスイッチの比較を実施しておく必要があります。それに向けて、まずは両者のアーキテクチャを確認するところから始めましょう。

図2に示したように、CMOSスイッチとPhotoMOSスイッチのアーキテクチャには違いがあります。ただ、いずれの図にもスイッチがオフのときのオフ容量COFFが描かれています。COFFは入力ソース・ピンや出力ピンに関連する寄生容量です。

図2. PhotoMOSスイッチとCMOSスイッチのアーキテクチャ
図2. PhotoMOSスイッチとCMOSスイッチのアーキテクチャ

PhotoMOSスイッチの場合、COFFは2本のドレイン出力ピンの間に存在することになります。それだけでなく、PhotoMOSスイッチには、入力‐出力間の容量(ドレイン容量)と出力用のMOSFETのオン/オフ制御に使用されるLED段の入力容量が存在します。

一方、CMOSスイッチにおいてCOFFはソース・ピンとドレイン・ピンの間にあります。また、CMOSスイッチの場合、グラウンドとの間にドレイン容量(CD)とソース容量(CS)が存在します。CDとCSは、CMOSスイッチを使用する顧客から不満の声が寄せられる原因になります。

図2の右側には、CMOSスイッチのトランジスタがオンになっているときの状態を示してあります。ご覧のように、入力信号を出力に通過させる際、ソース・ピンとドレイン・ピンの間にはオン抵抗RONが存在していることになります。PhotoMOSスイッチにおいて、トランジスタがオンになったらオン抵抗RONが存在する状態になります。このようにアーキテクチャの細部について理解しておけば、評価を行う際、容量、オン抵抗、スイッチング動作といった性能指標の分析を実施するのが容易になります。また、特定のアプリケーションにとって最適なスイッチを選択することが可能になります。

スイッチの仕様、付加価値

スイッチを定性的/定量的に評価するためには、システム設計にもたらされる付加価値について検討するとよいでしょう。先述したとおり、ADG1412は図1に示したアプリケーションに適しています。しかも、PhotoMOSスイッチの代わりに簡単に実装できます。ADG1412は4つのSPST(単極単投)スイッチを備える製品であり、対応可能な電力、応答時間、オン抵抗の面でも優れています。加えてリーク電流が少ないという特徴も備えています。表1は、ADG1412とPhotoMOSスイッチの性能を比較したものです。この表では、関連する指標の数値情報や得られる付加価値に基づきスコアカードを作成しています。このようにすれば、他の選択肢に対するCMOSスイッチのメリットを定量化することができます。特に複雑な電子システムや外的要因に敏感な電子システムにおいて、信号をスイッチングする際のデバイスの効率について明確にすることが可能になります。

表1. スイッチの仕様の比較
ベンチマークの指標 PhotoMOS
1-Form-A (1)
ADG1412(クワッドSPST) 付加価値 スコアカード
リーク電流 1nA 30pA リーク電流のテストに理想的である。出力の電圧誤差に対する寄与が小さい CMOSスイッチの方が良い
COFF 0.45pF 1.6pF 波形の歪みが小さく、アイソレーションに優れる PhotoMOSスイッチの方が良い
RON 12Ω 1.5Ω 出力における信号の電圧降下が小さく、挿入損失が小さい CMOSスイッチの方が良い
CR積 5.4pF. Ω 2.4 pF. Ω* 波形の歪みが小さい。アイソレーションに優れる。信号損失が小さい PhotoMOSスイッチの方がやや良い(ドレイン容量が小さいため)
ドレイン容量CD(OFF) 1pF 23pF ドレイン容量が大きいと、CR積の性能が低下し、入力信号に対する歪みが生じ、オフ・アイソレーション性能が低下する PhotoMOSスイッチの方が良い
ターンオン時間 200マイクロ秒 100ナノ秒 高速なスイッチング能力 CMOSスイッチの方が良い
電圧/電流の能力 (32V、120mA) (32V、250mA) 負荷に対してより多くの駆動電流を出力できる CMOSスイッチの方が良い
チャンネル当たりのコスト 高い 低い チャンネル密度を高めつつ、コストを最大50%削減できる CMOSスイッチの方が良い
パッケージの占有面積 3.55mm2 4.00mm2(スイッチ1個当たり) レイアウト後のスイッチの実装面積が小さい ほぼ互角(但し、CMOSスイッチであれば同じ実装面積で多チャンネル化を図れる)
* CD(OFF)は、CR積の性能に影響を及ぼします。

オフ・アイソレーション性能の比較

図3は、ADG1412とPhotoMOSスイッチのオフ・アイソレーション性能を比較したものです。このグラフからは、どちらのスイッチを使用した場合でも入力信号が出力に漏れないよう十分に抑制できることがわかります(100kHzにおいて-80dB)。ただ、周波数が高くなるにつれて、PhotoMOSスイッチの方がやや性能が高くなります(10dBほどの差が出る)。図1に示したアプリケーションでは、直流(DC)的なスイッチングが行われます。その場合、スイッチの容量は重要ではありません。それよりも、リーク電流が少なく、ターンオン時間が短く、挿入損失が小さいことがベンチマーク指標として重要になります。

図3. オフ・アイソレーション性能の比較
図3. オフ・アイソレーション性能の比較

挿入損失に影響を及ぼすオン抵抗

スイッチにおいて、RONが小さいことは非常に重要です。I×RONで決まる電圧降下によって、システムの性能が制限されるからです。RONの値の製造バラツキや温度による変動が小さければ、測定誤差は小さくなります。図4に示したのは、スイッチによって発生する挿入損失を比較した結果です。これを見ると、100kHzにおけるPhotoMOSスイッチの挿入損失は-0.8dBです。それに対し、CMOSスイッチの挿入損失は同じ周波数で-0.3dBとなっています。ADG1412のRONが小さい(1.5Ω)ので、このような結果が得られるということです。

図4. 挿入損失の比較
図4. 挿入損失の比較

スイッチのターンオン時間

スイッチを使用する際には、まず制御用のロジック電圧(駆動イネーブルの信号)を印加します。それを受けてスイッチがオンになり、入力信号が出力に到達します。PhotoMOSスイッチを使用する場合、ここまでの動作によってかなりの遅延が生じます。図5に示したように、ADG1412とPhotoMOSスイッチのターンオン時間には非常に大きな差があります。PhotoMOSスイッチのターンオン時間がこれほど長くなる原因の1つは、LEDの入力容量です。また、MOSFETのゲートを駆動するためには、電流から電圧へのエネルギー変換を行う必要があります。この変換を担う内部回路が原因となって遅延が発生します。PhotoMOSスイッチの長いターンオン時間については、顧客から特に強い不満の声が寄せられています。それだけでなく、システム・アプリケーション全体に対して遅延がもたらされます。それによる影響は決して無視できるものではありません。ADG1412は、システム・アプリケーションで求められる高速なターンオン時間(100ナノ秒)を実現しています。それに対し、PhotoMOSスイッチのターンオン時間は20万ナノ秒です。つまり、2000倍もの差があるということになります。

図5. ターンオン時間の比較
図5. ターンオン時間の比較

PhotoMOSスイッチをADG1412に置き換える

PhotoMOSスイッチを使用するシステムでは、様々な問題が発生する可能性があります。例えば、測定精度が低下する、ターンオン時間が長いことが原因でシステムが一時的に停止する、チャンネル密度を高めることができないといった具合です。これらの問題を解消するために、PhotoMOSスイッチをCMOSスイッチに置き換えたい場合、具体的にはどうすればよいのでしょうか。図6は、PhotoMOSスイッチの接続ポイントとADG1412の接続ポイントの対応を示したものです。これを見れば、CMOSスイッチを活用する新たな構成にアップグレードするのは驚くほど容易であることがわかります。既に入手可能な製品を使用し、低コストでシステムのチャンネル密度を高められるということです。

図6. 2種類のスイッチの接続ポイント
図6. 2種類のスイッチの接続ポイント

チャンネル密度の向上を可能にするCMOSスイッチ製品

アナログ・デバイセズは、チャンネル密度の向上を可能にするCMOSスイッチ製品を提供しています。表2は、その代表的な製品についてまとめたものです。これらのスイッチも、ADG1412のような性能上の長所を備えています。また、オン抵抗はPhotoMOSスイッチと比べてはるかに小さい0.5Ωほどです。しかも、PhotoMOSスイッチより安価です。表2に示したスイッチは、SPI(Serial Peripheral Interface)とパラレル・インターフェースの両方で使用できます。そのため、制御用のプロセッサに簡単に接続することが可能です。

表2. チャンネル密度の向上を可能にするCMOSスイッチ
品番 RON (Ω) スイッチの構成数 チャンネル当たりの価格
ADG2412 0.5 クワッドSPST 非常に競争力がある
ADG6412 0.5 クワッドSPST 非常に競争力がある
ADGS2414D 0.56 SPI対応のオクタルSPST 非常に競争力がある

まとめ

本稿で説明したとおり、CMOSスイッチは大きな潜在能力を備えています。特に、ADG1412はATEアプリケーションで使用されているPhotoMOSスイッチを置き換えるものとして最適です。ベンチマークによる比較結果から、特にスイッチの容量やドレイン容量が重要ではない場合、ADG1412は期待以上の性能を発揮することがわかります。またCMOSスイッチは、チャンネル密度を容易に高められる、費用対効果が高いといった注目すべき長所を備えています。

アナログ・デバイセズは、多様なCMOSスイッチ製品を提供しています。例えば、オン抵抗が小さい製品や、制御用のインターフェースとしてパラレル・インターフェースとSPIの両方に対応する製品などがあります。そうした多様な製品を用意していることから、ATEアプリケーションでのCMOSスイッチの利用が更に促進されるはずです。

アナログ・デバイセズが提供するスイッチ製品の詳細については、以下のリンク先を参照してください。

アナログスイッチ&マルチプレクサのセレクション・テーブル

アナログスイッチ&マルチプレクサの製品選択ガイド

※初出典 2025年 TECH+(マイナビニュース)

著者

Edwin Omoruyi

Edwin Omoruyi

Edwin Omoruyiは、アナログ・デバイセズのシニア・プロダクト・アプリケーション・エンジニアです。計測ビジネス・ユニット(アイルランド)に所属しています。2010~2018年に、オートモーティブ・キャビン・エレクトロニクス・ビジネス・ユニットでアプリケーション・エンジニアとして業務に従事。一度退職した後、2023年に再入社しました。アナログ・デバイセズから離れていた時期には、自動車業界や製造業界でAD/ADASセンシング・アプリケーションのシステム・アーキテクトを務めていました。2007年にリムリック工科大学で電子システム工学の優等学士号、2010年にリムリック大学でVLSIに関する優等修士号を取得しています。